鼻紙diary

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暗くてうるさいから、ライブで泣いても誰も気づかない

いちおう俺は大学生だ。大学生なので、当然学祭の季節はやってくる。俺は元来人の上に立つタイプの人間ではないのだが、暇そうだからという理由で部活の学祭企画の責任者にまつりあげられてしまった。この部の判断は誤りだったと言わざるを得ず(暇なのは間違っていない)、ヒィヒィ言いながら部員のシフトを組んだりしていたのだが、いざ始まってしまえば後は野となれの精神で教室の後ろの方でふんぞり返っていたり、体のいいパシリとして買い出しにいったりした。

俺は学祭で頑張るタイプの学生ではなく、むしろそういった充実しているように見える人種を嫌ってここまで生きてきたのでこういった場所がそもそもあまり好きではないのだが、数ある企画のなかでも軽音サークルのライブはわりとすきだった。

軽音サークルといえばその実力はピンキリだし、バンドによっては聴けたものではないライブも散見されるのだが、俺は頑張って演奏してる学生を観るのがすきだった。学祭が始まる前日には観たいコピバンをピックアップしたりしてそこそこ楽しみにしていた。俺自身は軽音サークルには入っていない。入っていたような気もするが、今は入っていない。俺はタロット占いをするという至極平和な企画の責任者だった。まあ、そんなものだろう。音楽は、演るのも最高だが、聴くのもそのつぎに最高だから。

時は飛んで学祭3日め。最終日。俺は企画の責任者にもかかわらず昼寝をしたり、古着をみたり、ビールを飲んだり、日本酒を飲んだり、ビールを飲んだりして学祭を満喫していた。始まりさえすればお祭り気分で案外楽しめるものだ………………などと思いつつ、あらゆる酔いの中でも最高の「酔い」ということで有名なほろ酔い気分で近くの教室でやっているライブをみたりする。直前にみたBLANKEY JET CITYのライブがめちゃくちゃ上手でアルコールも相まって俺の気分はかなりよかった。『赤いタンバリン』のボーカルのしゃくり上げがすごい良くて、一人でニコニコしていたりした。ブランキー、いまの大学生はあまり聴かないのか、いまいち盛り上がってなかったが。

次のバンドは神聖かまってちゃんのコピバンだった。俺と同じくらいの世代で、鬱屈した学生時代を送ってきた奴らにとって、神聖かまってちゃんは特別なバンドだ。恐らく、かまってちゃんを演ろうとしてる彼らにとっても特別なバンドなのだろう。名前も知らない彼ら、赤いタンバリンを首に下げて、丸レンズのサングラスをかけたボーカルを見ながら思う。

演奏は、めちゃくちゃだった。学祭の教室でやるライブなんて得てして身内しかいないようなライブだが、身内であろう客も若干引くくらいめちゃくちゃだった。『友達なんていらない死ね』、鳴り響く不協和音と歪んだボーカルの絶叫。かまってちゃんのコピバンなんて、これが正解なのかもしれない。破壊的な歌詞とメロディにうたれながら思う。微動だにしていない客も多かったが、俺はけっこういいと思った。

次の曲、『死にたい季節』の途中で、母親につれられた小学生くらいの子供がたくさん入ってきた。バンドメンバーのきょうだいなんだろうか。こんなことは滅多にないので、サークル員だろう客たちも驚きつつ席を譲っていた。みんな悪いひとではない。俺のとなりに座ってきた女の子は始めて聴く爆音に耳を塞いでいた。その様子はこの上なく可笑しくて愛らしいな、と思った。「早く死にたい、死にたい」この歌詞を子供たちはどう思うだろう。もしかしたら、生と死や、その他複雑すぎて大人ですら考えることをやめてしまうことは、子供にとっては取るに足らない事象に過ぎないのかもしれない。自分が子供だった頃を思い出す。当時、俺はどんな音楽をいいと思っていただろう。

曲は『ロックンロールは鳴りやまないっ』へと流れ込む。ボーカルはいつしか首のタンバリンも、変なサングラスも外して上着を脱いでいた。かまってちゃんのバンドTシャツを着ていた。なんだかんだ色々な音楽を聴いて、色々な本を読んで、色々と知った気になったけれど、それでも俺はこの曲がすきですきでたまらない。天才的にセンチメンタルだ。さっきまでノッていなかった客たちもサビになると腕を振り上げて盛り上がっている。それは正しくロック・スターにみえた。さっきまでめちゃくちゃだった演奏も、この熱狂の中では心地よさ演じているように感じられる。めちゃくちゃに煽るボーカル。応えるオーディエンス。多分かまってちゃんがはじめの頃にやりたかった景色はこんな風で、かまってちゃんのメンバーはみんな大人になってしまったけれど、その熱量はここに確かに受け継がれていると思った。でもそれは、彼らも望んでいたことなんじゃないかと思う。この曲は、そういう曲だ。

そこには音楽体験の原初があると思った。音楽を演奏して、それをいいと思うことの最も単純で強い構造があると思った。究極的に突き詰めていけば、音楽の楽しさとは学祭のライブに集約されているような気がした。こんなことはどんな本にも書いていなかった。こういった感情の動きを文章にするのは非常に微妙な行為で、そのままを表現することは困難な気もするが、とにかく俺は部外者のくせに号泣してしまった。この演奏が、それを盛り上げるサークル員が、ポカンとしている子供たちが、いとおしくて堪らなかった。号泣しながら、腕を振り上げたりした。ライブで泣いてても誰も気づかないから、泣くならライブで泣くのがいい。だから泣いた。

それと、がむしゃらにカッコいいライブをしてる彼らを見てたら、この前、ひねくれた友人と酒を飲んだとき、「学祭でやるコピバンなんて、下らんよな!!結局!」なんて大声で話したことは取り消したくなった。俺はバンドをやりたかったんだけどずっとできなくて、でもいつでもできるようにベースのチューニングだけは合わせておいて、最近高校時代の友人とバンド組むことになって、まだそれだけなんだけど、いつかこんな風な演奏ができればいいなと思った。デカい箱でやるとか、そんなんじゃなくてこんな風な演奏がしたいと思った。

結局、音楽はプラスの感情で成り立っているのだと思った。例えばいまは感謝しかない。この曲を作ってくれたかまってちゃんのメンバーにも、この曲を教えてくれたインターネットにも、いま演奏している彼らにも、それをみている皆にも、感謝だ。ロックは死んだとか、バンドマンの闇だとか、借金だとか、性だとか、色々言われがちであるけど、結局音楽の根底にあるものは良い感情だ。だから俺はいつまでも知らない音楽を探して、聴いたりするのだ、多分。

皆さん音楽聴いてますか?俺は聴いてます。


神聖かまってちゃん - ロックンロールは鳴り止まないっ 

いつしかこの子供たちもロックンロールの良さがわかったり、わからなかったりしてこの曲を聴いたりするのだろうか。このライブを思い出すだろうか。多分思い出さないだろうけど、思い出していたらいいな。

そういう話でした。