鼻紙diary

受験生による受験生らしくないブログ

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『ゆゆ式』における次元間の跳躍的視点に関する一考察の覚書のようなもの。

しばらく更新を滞らせていた原因はネタの枯渇ではなく実生活の忙しさにある。

つまり書きたいことは日々増えていくといくことで…正直言って人に見せるレベルではない雑文だがここに供養することにした。

いわば思考の墓場である。南無。

 


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ゆゆ式における主人公(ここではストーリーテラーの意)は疑うまでもなく相川さんである。相川さんがこの作品に意味を持たせる最大の要因である「唯たちと岡ちーたちの接触」の架け橋となる役割を担う人物であるからだ。 

そもそも両グループの接触が最重要である理由とは。それは両グループの相違点を考えれば自ずと見えてくる。

 

唯たち

・唯の髪色は緑(?)、縁は青紫、ゆずこはピンク 

・3人が3人とも相思相愛である

・活動の実態が不明瞭である部活(情報処理部)に所属している

・下校時は必ず3人

 

岡ちーたち

・岡ちー、相川さんの髪色は茶髪、ふみおちゃんは黒髪

・岡ちーとふみおちゃんは相思相愛であるが、相川さんは二人に明確な好意はない

・岡ちーは帰宅部、相川さんは生徒会、ふみおちゃんはバドミントン部に所属している

・めったに3人で帰ることはない

 

唯たちがいわゆるオタク的妄想を詰め込んだ(オタクにとっての)女子高生の理想像であるのに対し、岡ちーたちの関係は驚くほどドライかつリアルである。その2つのグループが対比的に登場し相川さんが唯に対して淡い感情を抱くこと自体がこの作品の(隠れた)主題である非オタク(三次元的)事象からオタク(二次元的)事象への跳躍の試行を象徴するのだ。

 

だがこの作品は永久に両グループの究極的和解は果たせないのだ。まるで現実世界の住人が決して作品内に入り込むことができないように。その原因はこの作品が唯たちが二年生をループし続けることにある。ここで注意したいのが記憶その他がループ時に継承されるサザエさん時空ではなく、二年生の三月を終えた時点で記憶その他がリセットされる(=時間が巻き戻される)点にある。というかループじゃなくて一周の時間軸を何周にも渡って抽出し続けているんだけどね。つまり両グループの最終的な到達点であるふみおちゃん家への訪問をピークとして春が来れば再びその築いた関係はリセットされ、岡ちーは唯たちに明確な敵意を持った状態で二年生を迎えるのだ。

 

次元跳躍の不可能性、それがこの作品の持つ真のテーマなのではないだろうか。

 

ちなみにゆゆ式はイマドキ男子も崇拝する究極のアニメーション作品である。


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えっまだ観てない?そんなことがあっていいんすか?
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