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鼻紙diary

受験生による受験生らしくないブログ

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酢のままのあなた<クッキング・マミー>

 暑いので納涼怖い話大会を開催します。

 

 ある真夏の夜。母親が息子に問うたところからこの怪奇は始まる。

 

——海鮮丼作ってあげようか?スーパーで刺身が安かったの。鰤。

 

 息子は体を乗り出して、二言三言で肯定の意を示す。確かな信頼に裏打ちされた短い言葉であった。母親は台所に行き、流行のメロディを口ずさみながら簡易な調理をしだす。

 

 暫くして、丼が息子の前に差し出される。茶色をその身に染み込ませた白米の上に、お馴染みのツマと紫蘇を敷いて、鰤と豚肉が鎮座していた。魚と肉は息子へ視覚的な警戒を促すが、それはそれとして、食べるときに別々にすれば、そう大それた問題でもないという結論に至る。

 

 豚肉を端に退けて、鰤と、ツマと、紫蘇と、白米とをひと塊にして口に入れた。咀嚼のうちに、息子の口内で違和感が面をもたげる。——酸っぱい。酸っぱい?酸味の効いた物体を何とか飲み込み、母親に原材料を問うた。

 

——わかるでしょ。魚、肉、大根、しそ、酢飯

 

 息子は引っかかりを覚えた。あるいは認知しないままでいたかったが、そうもいかなかった。さて、作り始めてから僅か五分。どうやったら酢飯が出来上がるのだろうか、と聞かずにはいれない。あっけらかん、母親は酢飯なんて混ぜるだけだと答えた。あゝ、それは紛れもなく黒酢の味だった。

 

 酢飯は特別な作り方があり、海鮮丼は魚介に合うように作られた酢飯を土台にしているということを、息子は言った。しかし一方で、聞く母親はいかにも釈然としていない、といった面持ちをこちらに向けている。母親は酢とは合わないということは納得したようで、じゃあそこは食べてあげるよ、と謎めいた立場の言葉をぶっきらぼうに投げつけ、丼を取り、残りを掻きこんだ。

 

 息子が食道の不本意な痛みの鎮静を感じ始めたあたりで、母親は丼を息子に差し返した。息子が目を疑ったのは、その丼に茶色の米だけが残っていた現実であった。

 

——合わないんでしょ?魚と酢。

 

 隠されない酢の味が、息子に沁みた。